日本的な思考についての考察ー切手の貼り方に思う

Published by Hiromi Nishiwaki on

今日は日本的な思考法の問題点について書きたいと思う。おそらくITなどの領域でも参考になると考える。

 

今日私は、海外の友人にハガキを送るために郵便局に行った。


農業に関わる人々が多い、この地域において、香水をつけてハイヒールを履いている私は、外国人のような存在だ。


あるいは外国人よりもっと変わっている存在だろう。毎日英語のラジオを熱心に聞いていたり、何しろほとんど空気を読まないのだから。



私は自分が成長するために、あえて空気を読まない選択をしていることは過去に述べた。物事にはプラスとマイナスがあり、リスクを承知で、その選択をしている。



主題に戻る。



私はそもそも日本人ぽくなく、自由なことや創造的なことが好きだ。人と同じことが昔から嫌いなのだ。もっともそれを受け入れるのに40年かかったのだが。



そして、沢山文章を書いてしまったので、切手の位置がいわゆる、正しい位置に貼れなかった。というより、確信犯で、貼らなかった。なぜなら、楽しく書きたかったし、たくさん書きたかったから。



そうすると、郵便局の女性にご指摘を頂いた。


郵便局の女性: ここに貼るのではないですよ。違います。


私:そうなんですね。私は興味があるのですが、なぜここに貼ってはいけないのか、教えていただけないでしょうか?私がはがきを書く目的は、相手に喜んでもらうことであって、自分もできる限り、楽しく面白く書きたくって、たくさん書いてしまったんです。それで、切手をここに貼ることになったんです。


それに、いわゆる定位置から離れていても今まで問題はなかったんですよ。なので、教えていただけませんか?切手を貼る位置がここではだめな理由があれば教えてください。


彼女:決まりだからです。


私:そうなんですか?もし、スキャンなどで、その位置に貼らないと問題がになるとか、そういうことが理解できれば、私は切手を定位置にこれからは貼ることにするのですが。でも決まりだから、だめだというのは、納得できないです。


彼女:すみません。申し訳ございません。


私: いや。何も謝るようなことでは・・・


まぁ、私も私だと思うが.....(告白するとあえて発展的に摩擦を起こすのが好きなのだ。)



私がここで問題にしたいのは;

 

1. それが決まりだから、駄目です。そいう考え方。

⇒決まりを良く理解して、なぜ駄目なのか、どこまでなら良いのか、相手に十分に納得させることを日頃から心がけている必要があると思う。


2. 相手が自分の考えと違うとき、謝ってしまうこと。

⇒私は謝ることなど求めていない。理解したかっただけなのだ。理解した上で、納得すれば、行動は当然変えるつもりだった。だから聞いたのだ。なにも謝罪しないでいただきたかった。


解説;

私は彼女は間違っていないと思う。まったく正しい。だた、これからの時代、こういう受け答えや考え方は、人や国を大きくしていかないと思うし、時代遅れになっていくだろう。


なぜならそれが決まりだから駄目、というYes Noだけの仕事なら、間違いなくAIがやる仕事になるだろうからだ。


それが問題だと言っているのだ。決まりだから駄目、というのは、非常に創造性、生産性のない回答である。そのことに気がついているのだろうか?


生産性というのは常に、今の状態を疑うことから来ている。決まりに反するから駄目という、日本式のマルバツの教育は本当に人生をつまらなくさせることに気がつくべきた。


これからは次のようになってほしい。あるいは私なら次のように言う。


規則ではこのようになっております。(規則の内容を説明)ですから、こういう理由で、ここまでは〇〇できるし、ここまでは〇〇できないないのです。ご理解していただけますとありがたいのですが。私ももっとお客様の意向に答えられないか、XXの決まりについてよく調べておきます。お客様もなにかお気づきになられましたら、教えてください!


マルバツでなく、より包括的な答えともに探る、が正解ではないのか?



1 + 1 = x の解を教える教育ではなく、


無限大に X + Y + Z...... = Optimum Result (最良の結果)/ Optimum Mutual Recognition (最大相互理解) /

を探すことがこれからの学習には必要となるのではないだろうか?



また、2の考えが違うから謝るという件についてだが、もう日本人は、簡単に謝るというのを本当にやめてほしい。本当に悪いのかどうか、よく考えるべきだ。責任が転嫁されるだけでなく、容易に謝るということは、子供の自尊心の発達を損なう懸念もある。


自分が悪くないと思ったら、謝らない勇気。そういう教育をする必要があるのではないか?


日本国というレベルで考えても、記者会見などで、マネジメントクラスが謝罪する姿がメディアなどで映し出されているのも、奇異に思う。

日本が簡単に謝罪する国だというイメージがあるのは嬉しくない。国際社会における自尊心も育まれにくくなる。

もう一つ。摩擦が良くないという考え方も、改めたほうがいい。五人組の時代は終わっている。摩擦していいのだ。そうしなければ、発展などない。ぶつかり合いを避けるようなのは、駄目だ。


結論

柔軟な発想と、謝らない勇気、摩擦から新しい答えを見出す姿勢が、人や国を成長させると考える


以上



Thank you very much for your reading!

I look forward to hearing from you.

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Hiromi Nishiwaki

Office Flora "JAPANOPHILE " Promotion was founded as a Japanese culture Research firm in 2017. We provide exciting information on Japanese Art and Culture and offer intellectual excitements though the prism of Hiromi Nishiwaki. We provide deep insights about Japanese traditional culture and Art from a Western perspective while keeping the core concepts from the Japanese Spiritual and traditional values intact. Our mission is to contribute to world happiness and prosperity.

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