日本が単一民族国家であるかどうかについての考察

Published by Hiromi Nishiwaki on

Aurélie LERAILLEZのブログで、UN PEUPLE HOMOGÈNE ou HYBRIDE(日本人は単一民族なのか、それとも、多民族国家なのか)という記事があり、面白かったので、同じテーマで補足として自分も記事を書くことにする。

 

 

 

私は日本文化プロモーターであるが、日本史の学者ではない。通訳案内士試験の勉強のため、日本史の標準的な解釈を、3年ほど勉強してきたにすぎない。したがって、歴史の解釈は無数にあり、どれが絶対的に正しいかと断定的に語れる立場にはない。よって、現時点での自分の認識の整理として書くことにする。

 

 

問い:日本は単一民族国家であるのか?

 

 

現時点の個人的な結論- 日本は単一民族国家ではない。

 

 

理由- ①日本の歴史のメインストリームの開始であるヤマト国家よりはるか以前に縄文人が存在していたこと。②アイヌ民族が存在すること。③沖縄が存在すること。④その他にも日本が同化してきた民族が存在すること。などによる。

 

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シャクシャイン

 

 

この記事では、Aurélie LERAILLEZのブログで、特段の記述のなかった縄文人について、補足として記述を行い、日本が単一民族国家とはいえないであろうことの、一つの参考情報としたいと思う。

 

三内丸山遺跡

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三内丸山遺跡 -Sannai-maruyama site 青森県青森市 (上記二枚ともに)

 

 

 

 

縄文人について

 

 

今日広く知られている日本のオフィシャルな歴史は、8世紀の古事記、及び、日本書紀から始まっている。しかし、それらには、時の権力者の意図が反映されていることが明らかになっている。例えば、日本書紀は藤原氏の意図が反映されていると言われている。

 

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日本書紀 とは - 舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成されたと言われる。神代から持統天皇の時代までを扱っている。

 

 

 

 

神武天皇を初代とする天皇の歴史が、一つの系譜であるといえば、真実であろう。教科書に代表される、今日の標準的な日本史解釈においては、それが、重要なのであろう。

 

 

 

しかし、日本人の本当の意味での人種としての起源は縄文時代にあるといってはいいのではないか?これが本当の日本の起源であろう。なぜなら、神武元年が紀元前660年であるのに対し、縄文時代は、紀元前14世紀から紀元前4世紀を意味し、更新世末期から完新世にかけて日本列島で発展した時代であり、圧倒的に年代的に古いからだ。

 

 

だが、その歴史については、あまり語られていない。縄文時代については、教科書上で、歴史から情報が欠落してしまっているのだ。

 

 

 

縄文時代は、大和政権が西日本に分布していたのと異なり、東日本に比重が多く、狩猟を中心としつつも、クリやクルミなどの種子を食べて生活しており、縄文(じょうもん)時代の人々は、自然のめぐみを大切にしながら、自給自足の生活を送っていた。自然のめぐみを大切にし、調和し、気候や環境(かんきょう)の変化といった、自然の移りかわりに寄りそいながら、助け合い、力を合わせて暮らす文化であった。

 

 

これらの考えを聞くと、我々がほっと安心するのは、おそらく、我々の血の中に、この温和な縄文の文化のDNAが流れているからではないであろうか?

 

 

ヤマト政権が、3世紀に起こってからは、東日本は、蝦夷として、ヤマトにとっての敵となり、蝦夷と定義されてしまうが、それはヤマト側の言い分だ。そもそもは、縄文の歴史がはるかに長いのだ。紀元前14世紀からあるのだから!

 

 

縄文顔

縄文人の顔

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縄文人の顔

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阿弖流為

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弥生人の顔

 

 

 

上記は、日本が単一民族国家であるかどうかの判断の材料になるであろう。ちなみに、今日の東北に縄文の遺跡は多数残されている。有名な三内丸山遺跡は青森にある。また、日本中央の碑が、青森県東北町にある。

 

 

また、私の住む長野県も縄文時代の遺跡が多数ある。茅野市には国宝の縄文のビーナスがある。安産や豊穣への祈祷に使ったのであろうと思われる女性のボディーは、ふくよかであり、我々を安心させる素朴な印象のオブジェである。

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縄文人の素朴な優しさが伝わってくるオブジェである。

 

 

 

長野では、人々は、本質的に和を好み、競争という概念を持たないように感じる。もちろん、競争をしないゆえの、横並びという問題も感じる。だが、本質的に競争をしないというのは、あるいは、できないというのは、生命として、もっとも純粋で美しい存在であるかも知れないのだ。

 

 

 

警戒心がほとんどなく、無駄な殺生をしない鳥に、アホウドリがいる。多くの人は、アホウドリと聞くと、その名から、愚かな鳥なのであるかと思うであろう。私もその一人だった。だが、感じで、”信天翁”と書く。

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信天翁 Phoebetria palpebrata Light-mantled Sooty Albatross

 

 

警感のない鳥、警戒感のない縄文人が、私たちに教えてくれることをもういちど考えてみたい。

 

 

令和の時代に、警戒が必要でない世の中になることを望む。令和の時代に、純粋さが、愚か捉えられるのではなく、まじりけのない美しさが尊重される時代になることを望む。そして東北のさらなる復興と繁栄を祈る。

 


Hiromi Nishiwaki

Office Flora "JAPANOPHILE " Promotion was founded as a Japanese culture Research firm in 2017. We provide exciting information on Japanese Art and Culture and offer intellectual excitements though the prism of Hiromi Nishiwaki. We provide deep insights about Japanese traditional culture and Art from a Western perspective while keeping the core concepts from the Japanese Spiritual and traditional values intact. Our mission is to contribute to world happiness and prosperity.

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