日本の女性の未来像について-男性と女性の統合

Published by Hiromi Nishiwaki on

皆様、こんにちは。

昨日、日本では天皇・皇后両陛下の即位の礼が行われました。わたくしは、女性としてこの世に生を受けましたので、皇后陛下の今後のお役割に大変関心がございます。ゆえに、わたくしは、皇后陛下のこれまでの人生の考察を通じて、日本の女性の未来の理想についてお話したいと思います。
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           美人画のはがきを掲載

皇后陛下雅子さま

皇后陛下雅子さまは、外交官であったお父上のもとにお産まれになり、幼少から海外でお過ごしになり、また、ハーバード大学、オックスフォード大学などで学ばれるなど、その知性については日本の他の女性の追随を許さない、卓越した聡明な女性です。また、お写真から分かるように、非常に美しい女性です。
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”天は二物を与えない”と申し上げますが、彼女に関していえば、二物どころか、無数をお与えになっておられるようです。この世を良く観察しておりますと、”富める者はますます富み、貧しき者は持っている物でさえ取り去られるのである”という新約聖書マタイ伝の言葉は、真理であるように思えます。なぜ、そのように一見不条理であるかは、我々ひとりひとりが、人生という旅の中で、学ばなければならないことであると考えます。
彼女ほど、才気煥発で、世界の一線を理解していた女性が、どれほど自分を表現できない苦しみを経験したかを考えると、同じ女性として、胸が痛むものがあります。事実彼女は長く適応障害に苦しむことになりました。
それゆえ、先日彼女が、即位の礼で晴れがましいお顔をされていることに、私は喜びを感じました。このまま、引き続き体調が良好であり続けられるように、わたくしは祈念いたします。

日本の女性の未来像

さて、ここから、日本の女性の望ましき未来像について書きたいと思います。これは男性性と女性性の役割について書くことと同義であり、世の中がより、平和になるための、自分なりの知恵でもあります。
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日本女性は、特に江戸時代の武家社会などにおいては、女性は家にあって、家事を行い、家庭や男性、一族を支えるものとされ、とりわけ内助の功という考えが尊重されてきました。
私は昭和45年の産まれです。幼少から学問が大好きで、お正月も本を読んでいるような子でしたが、幼少の頃は、”女の子で勉強ができる子は可愛くない。 ”女性は顔が可愛ければいい”などと言われていじめられたものです。それくらい、女性は家にあって、家事を行い、家庭や男性を支えることが重要であるという考えが、社会や日本人の潜在意識の中に、深く浸透していたのでした。
大学生になった頃も、その考えはあまり変わっていなかったように思います。私はお茶の水女子大学を卒業しましたが、総合職として民間企業に就職した同期の人間は、30%くらいだったでしょうか。そして、大学から、外資系企業に就職したのは、私がその歴史上初めてでした。日本の女子教育において、当時、”野心”や”開拓””挑戦”などの資質は、求められていなかったように思います。むしろ、歓迎されませんでした。そういった資質は、胸に留めておかなければなりませんでした。

 雇用機会均等法

しかし、昭和60年(1985年)に男女雇用機会均等法が成立し、翌年施行された後は、上記のような女性像が変わっていくことになりました。その履行は、直ぐには進行しませんでしたが、徐々に加速し、ほどなくかつての女性像は、時代遅れで封建的なものと見なされるようになりました。
その頃からでしょう、女性は、当たり前のように、男性と同等であることを望むようになり、心身共に強い女性が増えました。社会全体に、男性的な女性が溢れることになります。強いことやパワーがあることが支配する世の中になり、数字や結果が重要な世の中になっていきます。
女性的な、優しさ、思いやり、理解、共存という価値観は、結果重視の社会においては、二次的な価値観として認識されるようになっていったように思います。
かくいう私も、時代と歩調を揃えることになりました。男性以上に強い女性を演じる必要が出てきたのです。男性社会で、女性であることを売り物にしないよう、心身ともに”武装”し、常に男性以上に努力する、というような価値観が、女性の中に醸成されました。
Ishi-jo wielding a naginata, by Utagawa Kuniyoshi
「誠忠義心傳:大星良雄内室石女」 1848年
女性というものはどこかで、男性を憎んでいるのではないでしょうか?その支配の歴史に対して。かくして
かくして、社会で活躍するために、女性は中性的であることを選ぶようになりました。政治家の蓮舫氏などがその典型的な例であると考えます。タレントでは、米倉涼子さんなどがそうでしょうか?強い女性です。
皇后陛下が外務省でのキャリアを始められたのは、平成2年(1990年)ですから、まさに雇用機会均等法の申し子と呼ばれる存在であったと言っていいと考えます。同性の私から見ても、美しく聡明な彼女が、流麗な英語で、外交舞台で通訳をされる様子を見るにつけ、憧れを禁じえずにはいられませんでした。

運命

しかし運命は彼女を皇太子妃へと誘います。彼女は、卓越した才能を発揮することよりも、むしろ、皇室という組織の中で、役割を果たすことを要請されるようになります。
メディアなどを見ている中で、徐々に彼女のお顔が変わっていることが理解されました。かつてのように、輝くような美しさと強さが表に現れるのではなく、徐々に、どこか、苦渋に満ちたような、不安定なお姿が現われるようになります。各国の首脳とお会いになる際も、体調不良で、参加すらままならないご様子です。
しかし、少しずつですが、徐々に回復されるようになりました。時折、姿を現される時には、大変僭越な表現ではございますが、徐々に、お優しく、柔らかな様子が拝見されるようになったように感じました。
昭和45年に産まれた私にとって、上皇后美智子さまは、大変素敵な女性であり憧れの存在でした。しかし同時に、常に自らを一歩減り、行動し、常に謙虚であるうえにも謙虚でおられる行動を拝見するにつけ、わたくしの個人的な感覚なのですが、どこか、日本女性の社会的地位の不条理さを感じることを禁じ得ないことがございました。私とそれほど年齢が変わらない皇后さまも、そのように感じられたことがおそらくあったのではないでしょうか?
しかし、皇后さまは病を得られて、まさに、一歩減りくだり、謙虚さを身につけられたように感じられます。女性的でどこか、か弱さを感じさせる存在となられたように思います。
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『女学世界』付録絵葉書「少女と猫」リトグラフ 池田蕉園(明治19年-大正6年)

主題

ここからが主題です。果たしてそれは悪いことでしょうか?
才気煥発で美しい女性が病を得て、代わりに、女性的で、か弱さを身につけることは悪いことでしょうか?

 

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            Ito Shinsui /Before the mirror

生物にはそれぞれの個性と役割があります。

金には金の、銀には銀の形と個性、役割があります。ペンにはペンの、ノートにはノートの役割があります。自然界ではそれが明確で、ハチなどでは、雄、雌のみななず、女王、働くものまで明確に区別されています。生物学的に考えても、男女の体には大きな違いがあります。男性は陽であり女性は陰である、それが最も原始的な形における基本形です。与える人がいて、与えられる人がいます。能動的な人がいて、受動的な人がいます。
もしこの地球で、男性的な力の論理を実践する人が溢れ、女性的な人、すなわち優しさや思いやりの原理で行動する人が、数字や業績の上では重要ではないとして、減っていくのならば、この世の中はどのようになるでしょうか?女性が男性のように強くなる必要があるのでしょうか?そしてそれが、男性や世の中をより平和で美しくすることに繋がるのでしょうか?男性が女性らしくせざるを得ないような世の中が素敵なのでしょうか?
女性は男性に、男らしさというギフトをプレゼントできるのではないでしょうか?それが皇后陛下が、外務省のキャリアを捨てて、病を得て、身をもって陛下にされていることではないでしょうか?そのような女性に愛されるから、男性はより強く美しく輝くのではないでしょうか?そしてその反対もまた真なのではないでしょうか?女性は、男性に支えられて助けられることで安心し、美しく輝けるのではないでしょうか?
男性も女性もこのことを考える必要があると思うのです。皇后陛下は病を得られ、圧倒的な知性と美しさに恵まれながらも、脆弱さ、不安定、寛容、思いやり等、”弱さ”を身につけられたと私はお察しいたします。そしてそれこそが、未来の理想の女性像のあり方だと私は思うのです。才能や賢さとともに大慈悲の心を持つことが未来の女性像だと思うのです。女性は男性的な強さを手放す必要があると思うのです。
真の女性の強さがあるとすれば、それは脆弱さや欠点などを慈しむことではないでしょうか?そして、男性に対して頼ってあげられること、信頼してあげること、自由にしてあげられること、さもなくばせめて、演じてあげられること、それが女性らしさであり、女性の強さ(美しさ)なのではないでしょうか?
 
我々日本人は、体格、とくにその大きさという点においては、それほど恵まれた人種であるというわけではないでしょう。しかし繰り返しになりますが、真の強さとは、慈しみの精神なのではないでしょうか?他者に譲れること、他者を思いやれる内面の強さを言うのではないでしょうか?
 

現代は混とんとした時代

 
現代は混とんとした時代であり、日本が大切にしてきた静かなる強さ、例えば良心、私心を捨てる心、克己心、慈悲という資質はないがしろにされがちです。しかし令和に時代が入った今日、改めて基本を思い出す必要があると思うのです。
日本人であること、女性であることの意義と役割を。
わたくしは本日新ためて天皇陛下が、世界の平和と繁栄への思いを語られたことに喜びを感じました。そして、例え世の中がこの先、グローバル化とテクノロジーでいかに変化しようとも、人間としての核を失わずに、大切にしようと考えました。最後に、私が敬愛する武士道の中におけるパートナーシップの理想像について言及された文章のリンクを残して、筆を置きます。ご一読いただきまして、ありがとうございました。

武士道第14章

 

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Hiromi Nishiwaki

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