I want Japanese women to take pride in remembering the beauty of Japanese people. Not only Blonde is beautiful.

私は日本の女性が、日本人らしい美しさがあることを思い出し、誇りを持ってほしいと思う。 金髪だけが、美しいわけではない。 I want Japanese women to take pride in remembering the beauty of Japanese people. Not only Blonde is beautiful.   Woman playing a gekkin, c. 1886. Hand-coloured albumen print on a decorated album page. Three yūjo (courtesans) posing on an engawa, c. 1885. Hand-coloured albumen silver print. Kichi Read more…
Japan vintage

日本人であることについてもう一度見直す

 日本人は貧しい、しかし高貴である。 世界でどうしても生き延びて欲しい民族をただ一つあげるとしたら、それは日本人である。 ポール・クローデル 私が日本人の良き資質について考えるとき、ポール・クローデルのこの言葉をいつも思い浮かべる。  ポール・クローデルは、外交官であり偉大なる作家であった。親日家として有名であり、長気に渡る外交職務の後、1921年駐日フランス大使となった。上記の言葉は、太平洋戦争のさ中、日本の敗戦が濃厚だった頃、フランス・パリの晩餐会でクローデルが語った言葉と聞く。  上記の言葉には、フランス人外交官らしいリップサービスを含んでいるのであろう。しかし、クローデルは親日家であった。クローデルは、当初中国に外交官として派遣されたが、日本への派遣をずっと望んでおり、中国ではそれほど馴染めなかったようだ。 クローデルの親日家である所以は、姉のカミーユの影響が大きいと聞く。姉のカミーユ・クローデルは、有名な芸術家であり、同じ女性としては彼女の、繊細で多彩があるがゆえの苦悩に、悲しみと尊敬を禁じえないものがあるのだが、いずれにしても、カミーユ・クローデルこそが、パリ万国博覧会などによるジャポニスムの影響によるものであろうが、繊細な日本文化のことを、ポールに教えたようだ。したがって、幼少から、クローデルは多大な親日家であった。  クローデルはフランス人らしくロマンチックな人であった。若き日、中国福州での勤務により、ホームシックになったのか、あるいは、環境の違から来るストレスであろうが、精神的にまいってしまい、一度フランスで療養することになる。 そしてそこで、運命の女性と出会い、大恋愛をすることになる。そしてこれが彼が大作家となるきっかけとなる。彼は、彼女との出会いにより彼の人生の意義を再発見する。それは、「薔薇」、「水」、「恋」であったようだ。  余談になるが、クローデルの運命の女性は、既婚者ではあったが、彼を追って、福州に住み、恋愛関係となり子供を出産する。さすがフランス人、としか言いようがない。それでクローデルの才能が更に開花し、この世に愛の結晶を授かったのであるのだから、なんともロマンチックであると私は思う。    さてここまでが前置きだ。 今日私が書きたいのは、日本人の高貴さについてである。 今日その高貴さについてまさに感じることがあったので書くことにする。  東京と長野は本質的に極めて異なる世界である。 長野というのは歴史的にも稲作が盛んな地域であることもあり、グループや集団意識、地域というものの結束がとても高い地域である。よって、自分のことより、他人とどう共存するか、を大切にする地域である。よって必然的に他者に関心を持ち、他者を知りたがり、他者に優しくし、他者に与え…という典型的な、他者尊重型日本文化が発展している地域であると私には感じられる。     私もかつてはそのような人間であった。 他者を思いやる 他者に尽くす 他者に優しい    しかしこのようなパラダイムは資本主義の競争においては、食われる原因にもなる。 なぜが。資本主義社会には獲物を狙う猛者が沢山おり、思いやりや優しさが蹂躙されることがしばしばであるからだ。資本主義というのは武器を経済に置き換えた戦いでもあるからだ。  私はこの事実を学び、人間は精神的にも物質的にも武装しなければならないことを学んだ。 人間は、優しさと同様に、強さを身につけなければならない。技術を身につけなければならない。生きるとは全てであり、優しさだけを意味しない。そもそも自然界がそういう場所だ。    思いやりや優しさは適切に表現されなければならないのだ。それを、的確に受け止められる人に施さなければならないのだと私は思っている。  したがって私は常に優しさを押し殺してきた。 優しいとは危険であることであるからだ。    しかし、当地長野は、縄文文化の影響でもあるのだろう。 絶望的に、他者に優しくあろうとするのだ。 優しいとはすなわち、人に施す、人に笑顔する、人に譲る、などのことを言う。 道路を歩行者として歩いていれば、100%車は道を譲ってくれる。クラクションで歩行者を脅すようなことは絶対にしない。 一つ別の例を上げる。先日、私は、東京の友人にフルーツを買おうと思って、市場に行き、沢山の買い物をした。 しかし残念な頃に、台風の影響で宅急便がやっていない。だから、私は、買ったフルーツを全部自分で食べようと思った。ところが、市場の人間は、フルーツを返品していいと言うのだ。私が買わなければフルーツは腐り、誰も買わず、お金にならないだろう。だが、彼らはそれでいいと言うのだ。挙句の果てに、新鮮な味噌汁を無料で振るまってくれた。当たり前のことと思うかもしれないが、経済活動において、1円でも安くして、競合に勝ち、市場で首位に出よう、などという記事を読んだあとには、やはり感心せざるを得なくなるのだ。    また、当地はそもそもお金儲けをしようという意識はあまりないように感じられる。例えば、温泉に行っても、ドリンクが無料で振る舞われている有様だ。温泉に入ったあとのドリンクは美味しい。人々は黙っていてもお金を落としていくだろう。それを無料にするのだが、お金儲けをしようという考えがあまりないことは明白である。彼らにしてみれば、お金儲けよりも、風呂に入った人に寛いでほしいということが大切なのであろう。経営者としての視点にたてば、残念な思いだが、人間としての視点にたてば、立派であると感心する。     また、当地は過疎の先進地でもあるが、高齢者にとても優しい地域である。当地は、川中島の戦いで武田信玄と上杉謙信が戦った激戦地から離れていないのだが、謙信に親しい土地であった。謙信という人は、日本人では珍しく、愛という言葉を尊重した人であった。兜に愛という言葉を飾るのであるから、なかなか素敵な人である。 謙信を愛する長野県の人は、高齢者に残虐であった信玄を嫌っているようだ。 私もどちらかといえば、信玄より謙信が好きである。総じて、信玄の山梨県は、我と押しが強く、謙信の越後・長野はいわゆる心優しい人が多いように感じる。つまり、長野は老人にも人にも優しいのだ。   楢山節考という映画があった。老人の口減らしの話だ。それも長野が舞台であったように思う。長野には姨捨という街がある。食物がないので、老人を捨てる。これをすなわち、姨捨という。しかし、そこには、愛があったように思う。生の不条理に悲しみながらも、捨てられるものは、その役割を、運命への憎しみではなく、静かな受け入れとして担っていたように感じる。  ここまでで長野について確認したいのは、彼らの優しさ、運命を受け入れるオリエンタリズム的な女性的な地域であるということである。 実際長野県はとても女性的な地域である。信玄は男性的、謙信は女性的。 八ヶ岳は男性的、妙高など北信五岳の山々は女性的である。 長野県が女性的であることを更に述べてみる。 野麦峠という映画がある。日本はその近代化を製糸業によってもなし得た。 Read more…
TICAD 2

TICAD 7 in Yokohama

みなさま、こんにちは。だいぶ涼しくなってまいりました。   東京と長野を往復していたこともあり、更新が滞っておりました。 8月は、横浜のTICADに議員要人班の一員として参加させていただき、アフリカ諸国の要人をもてなさせて いただきましたことに、心から感謝したいと思います。 I’d like to express my gratitude for all visitors who attended for TICAD. It was great experience for me to be the part of this conference and worked for world peace and prosperity. I am honored to be connected to female global leaders, especially Ms. Read more…

Sarumaru Dayū (猿丸大夫) and his poetry – Okuyama ni Momiji fumiwake Naku shika no Koe kiku toki zo Aki wa kanashiki

Okuyama ni Momiji fumiwake Naku shika no Koe kiku toki zo Aki wa kanashiki Autumn at its saddest— Rustling through the leaves and moving on alone deep into the mountains, I hear a lonely stag belling for his doe. Sarumaru Dayu 猿丸太夫 / Hyakunin isshu uba ga etoki 百人一首姥がゑとき (One Read more…

Ōtomo no Yakamochi (大伴 家持) 718? to 785 and his poetry – kasasagi no wataseru hashi ni oku shimo no shiroki o mireba yo zo fukenikeru

kasasagi no wataseru hashi ni oku shimo no shiroki o mireba yo zo fukenikeru When I see the frost lying white on a staircase so like the arched bridge formed by the magpies' outstretched wings, I know the night has grown deep. -- Middle Counselor Yakamochi (718?-785)   Comments   Read more…