我々は日本に来てくれた外国の人を大切にすべきた

Published by Hiromi Nishiwaki on

先日、喫茶店にいて、外国人に関する議論を聞いていた。聞けば、集団でやってきてマナーがないなどと言っており、良くある議論だと思った。

 

ある温泉街などでは、あるトラブルが原因で、外国人をお断りしている場所があると聞いた。とても残念なことだと思う。

 

鎖国の影響もあるのだろう。私は日本人は、実は、外国を差別するところがあると感じている。自分自身でさえ、やはり、同じ国の人とは、違う態度を取りそうに成るときがあるのだから。

 

私の世代の考えなのであろうか?やはり敗戦の影響を未だに引きずっており、妙な卑屈な気持ちがどこかにあるような気がしてならない。

 

だが、その卑屈な気持ちは、多くの外国人と触れ合うことで、必要のないものであることを学んだ。その卑屈さゆえに、友情や、信頼を無駄にしてしまうことがあるということも学んだ。オープンであれば、それらの誤解を乗り越えて、素晴らしい友情や学びを得られるのだ。

さて、主題に戻る。

 

彼らがなぜ日本に来たのか?その意味を問うてみればいい。

少なくとも、少しでも良いと思ったから来たのだろう。好きだと思ったから来てくれたのだろう。彼らの大切な時間とお金をかけて、来てくれたことを忘れてはいけない。

そう思った時、彼らとの間で、不明な点や、改善したい点があれば、やはり、シャットダウンではなく、コミュニケーションをするべきではないだろうか?

卑屈とか、恥とか、そういうことは考えても意味がない。コミュニケーションの本質は、正しい言語をつかうことにあるわけではない。コミュニケーションは、意思の疎通を意味するのだから、ボディランゲージでも、紙に書くのでも、オトマトペでもなんでもいい。意思の疎通、すなわちお互いに考えていることを理解し合って、互いの利益に成るように行動すべきなのだ。

 

我々の国に来てくれた大切な海外の人を、自分と違うという理由で、あるいは、英語が苦手が、顔が違うという理由で、コミュニケーションを避ける時代は終わっている。

 

私はイタリアにいた時、彼らが、楽しそうに、下手くそな英語を話すのが魅力的だと思ったことがある。我々も、楽しそうに下手くそな英語を駆使して、海外から人を迎えて、日本と、地域と、世界の経済と文化を潤していく人になろうではないか?

 

Practice makes perfect!

さて、私もこれから勉強するか。

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Hiromi Nishiwaki

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