「無愛想と沈黙のすゝめ」-1. 東郷平八郎から学ぶ

Published by Hiromi Nishiwaki on

こんにちは!Multi Lingual Cultural Promoter(マルチリンガル カルチャー プロモーター)の白鳥れなです。
日本文化や商品をマルチリンガルでプロモートしています
promoter of Japan culture.

 

本日は、「無愛想と沈黙のすゝめ」という題目について書きたいと思います。


突然ですが、私は、プライベートでは、無愛想で、寡黙です。
もともとは、かなりおしゃべりで、愛想の良い人間ですが、今は、繰り返しになりますが、無愛想で、寡黙な人間を演じています



このキャラを演じるのには苦労しました。性善説をインストールされている日本人にとって、良い人を演じるのは、いわば、約束事項であり、無愛想や沈黙というのは好まれないことであるのは事実です。それゆえ、罪悪感と戦わなければならず、演技当初は苦労しましたが、今では、まさにそのような人間になりました。

 


私はサッカー選手の中田英寿さんが大好きですが、若い頃は、なぜあれほど無愛想なのかわからなかったことがあります。
しかし、今は、わかります。無愛想は職業上の目的を達するための、必然的な選択であり戦略であったのであろうという推察です。

 



歴史上、沈黙や無愛想を掲げて、国際的に成功したのは、中田選手だけではありません。
ここでは、グローバル時代に生きるためには、性善説という価値観を超え、沈黙および無愛想を選択するのも懸命な選択であるということについて、書いてみたいと思います。

 

明治・昭和のグローバルプレイヤーとして、東郷平八郎さんと白洲次郎さんを紹介し、最後に結論として、グローバル時代に生きるために、沈黙と無愛想をすすめるという結論を導きたいと思います。

 


1. 東郷平八郎

私の祖母は大正4年の生まれでした。群馬県の安中で産まれ、豊かさを求め、東京に引っ越してきたそうです。


その祖母が、子供の唱歌として、東郷元帥の歌というのを歌ってくれたのを思い出します。♪東郷元帥だいばんさーい!♪ といった歌詞で、子供心に、いったいそれは誰なんだろう?きっと偉い人なんだろう。くらいに思っていました。

小学校に入って、日露戦争が1904年にあり、日本がロシアに勝利したということを学びます。そしてそれを指揮した人が、東郷元帥であることを知ります。

子供ですから、当然、心で、”へぇ、すごいなー”という憧れのようなものを感じたのを覚えています。ただ、私の父は、新聞会社で働いており、東京大空襲や疎開を経験し、戦争が大嫌いな世代でしたので、東郷元帥のことを聞くと、むしろ肯定的と言うよりは、”戦争はいけないことだ。戦争を起こしてはいけない。”と語り、東郷元帥の、メリットサイドの意見については、話してくれることはありませんでした。父は現在83歳ですが、彼の世代はWar Guiltの思想を埋め込まれています。

 


しかし、歴史を学べばわかりますが、第二次世界大戦の背景や処理は極めて複雑です。個人的にはこのGuiltの観念から、日本人は自立する必要があると感じています。
それはさておき、東郷元帥に話を戻します。



次に東郷元帥に出会ったのは、イタリアです。
初めてイタリア人である、私の義父にあった時、彼は、イタリア人に特有の、人懐こい、温かい優しい笑顔で私を迎えてくれて、僕は日本が好きなんだ。といってくれました。
まず最初に女優の八千草薫さんの写真を見せてくれました。ベネチア映画祭で、彼女のエスコートをしたとのことでした。
そして、次に話してくれたのが東郷元帥のことです。



Ammiraglio  Togo, è stata  furbo e molto intelligente.
東郷元帥ってすごいよね!本当に頭がいい人だよね。

 

 



彼はそう人懐っこく言ってくれたのです。私は、嬉しかったのを覚えています。
ちなみに、イタリアに行くと、ポッキーがなぜか、MIKADOとう名前で売られていたりして、衝撃を感じたのを覚えています。

その後、東郷元帥について調べてみると、若い頃はおしゃべりで叱責されたぐらいだが、イギリスに留学するために、その嗜好を変えて、寡黙になり、のちに、沈黙の提督と呼ばれるほどになり、日露戦争を勝利に導いたとありました。

東郷元帥について

※弘化4年12月22日(1848年1月27日)、薩摩国鹿児島城下の加治屋町二本松馬場(下加治屋町方限、現・県立鹿児島中央高校化学講義室付近)に、薩摩藩士・東郷実友と堀与三左衛門の三女・益子の四男として生まれる。

幼名は仲五郎。14歳の時、元服して平八郎実良と名乗る。文久3年(1862年)、薩摩藩士として薩英戦争に従軍し初陣、慶応3年(1867年)6月に分家して一家を興す。戊辰戦争では春日丸に乗り組み、新潟・箱館まで転戦して阿波沖海戦や箱館戦争、宮古湾海戦で戦う

体型は小柄ではあるが下の写真でも分かるように美男子であり、壮年期においては料亭「小松」で芸者から随分もてたとされる。

イギリス留学

留学時の東郷(1877年)
明治の世の中になると海軍士官として明治4年(1871年)から同11年(1878年)まで、イギリスのポーツマスに官費留学する。

よく知られる逸話に、東郷は当初、鉄道技師になることを希望していた。イギリスに官費留学する際、最初は大久保利通に「留学をさせてください」と頼み込んだが色よい返事はもらえなかった。

後で東郷は大久保が自分に対して「平八郎はおしゃべりだから駄目だ」とする感想を他者に漏らしたことを伝え聞いて、自省してその後は寡黙に努めた。

それが長じて、後年は「沈黙の提督」との評価を得るまでになった。

 


東郷平八郎 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%B7%E5%B9%B3%E5%85%AB%E9%83%8E




つまり、彼は、留学するという目的を達するため、寡黙な人間になると決意し、自らの嗜好を克服して、それを達成し、さらに長じさせ、ついには、寡黙そのものになったということになります。

軍人に寡黙という要素が必要であることは言うまでもないでしょう。
戦局の一つを見過まれば、数千、数万の命が失われるのですから。


世界の著名人が沈黙の有効性を訴えています。

口数の少ないのが最上の人。

シェイクスピア 「ヘソリー五世-三幕二場」

 

口数は少ないほどよい。

ディッケンズ 「ダヴィド・カーパー・フィールド」

 

その口を守る者はその生命を守る。

ソロモン 「旧約聖書-蔵言十三章三節」


つつましき舌は人間の最上の宝にして、かつまた、ほどよく動く舌は最大の喜びなり。

ヘシオドス 「仕事と日々」


よくわきまへたる道には、必ず口おもく、間はぬかぎりは言はぬこそいみじけれ。

吉田兼好 「徒然草」

 



東郷平八郎は、意図して沈黙の人になることにより、司令官の地位を得て、日本海海戦における日本の勝利をもたらしました。確かに二百三高地などの悲劇を見ると、ひどいものです。人が次々に突撃しては死んでいくのですから。しかし、その一人ひとりの痛みのおかげで、勝利し、明治維新後わずか36年の間で、当時の五大国の仲間入りをするという偉業をやってのけたのも事実です。


また、非欧米諸国が、はじめて、欧米諸国に勝利したという事実は、今でもトルコなどの国に、敬意をもって受け入れられていることも事実です。

私達は、個人の貴重な命の犠牲のおかげで、今日の平和があることを忘れずに、日々を大切に生きたいですね。そして、私は、後世に、素晴らしい日本を残したいと思います。

さて、本日のまとめです。東郷元帥は、意図して沈黙の人となり、留学の権利、及び司令官の地位を得て、日本海海戦というグローバル・バトルに勝利しました。

絆と分かち合いのウェットな日本人も、勝利のためには、ドライな沈黙の人となるのも、懸命な選択である。私は、その結論を、彼の人生から導きたいと思います。



明日は、無愛想の大家のひとり、私の敬愛する白洲次郎さんについて書きたいと思います。

ご購読ありがとうございました。皆様の人生がより豊かで、実りあるものでありますように。

*出典 wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%B7%E5%B9%B3%E5%85%AB%E9%83%8E


Office Flora Art Promotion

Office Flora Art Promotion


☆日本芸術・文化・商品を海外へ☆

☆長野県在住で、通訳ガイド、異文化理解(グローバル・コミュニケーションのスペシャリスト)として、日本の芸術、文化作品を海外にアピールし、活性化する業務に従事しております。

☆日本の伝統文化に関わる商品の海外への販売・マーケティングを行っております。

☆20年超、外資系企業において、グローバルプロジェクトを経験してまいりました。そこで、海外営業スキル、異文化コミュニケーションスキルを培ってまいりました。

☆日本と海外における思考方法、メンタリティーの違いのギャップを埋めることを得意とし、訪日外国人おもてなし研修、海外ビジネスマナー研修を行っております。また、文化・商品・地域など広くアピールを行っております。

▼可能な業務

・ ウェブライティング/現地取材/レポーティング

・日本文化、芸術作品にかかわる通訳ガイド

・訪日外国人おもてなし研修・海外ビジネスマナー研修

・日本芸術にかかわるイベントにおける司会

・通訳・翻訳

・アテンド業務

▼資格

・通訳案内士業務 (2018年一次全科目合格)・英検準1級・TOEIC865

 

 

▼実績例

・旅行系ウェブサイトでの取材記事執筆多数

・長野県投資プロジェクト通訳・翻訳

※守秘義務の都合上、記載できない実績もございます。

個別にはお話できるものもございますので、ご興味を持っていただけましたらお気軽にご連絡ください。

▼活動時間/連絡について

フリーランスのため、できる限り柔軟にご対応させていただきます。急ぎの案件等もお気軽にご相談ください。

連絡は基本的にいつでも可能です。できる限り素早い返信を心がけますが、取材等が入っている場合はお時間をいただくこともございます。

ご了承いただければ幸いです。

▼得意/好きなこと

・芸術鑑賞・読書・美容・笑うこと/笑わせること

☆ご興味持っていただけましたら、お気軽にお声がけください。☆

どうぞ宜しくお願いいたします!


お問い合わせ、ご相談、お申し込みはこちらからどうぞ。

お問い合わせフォーム


ありがとうございました。追ってご連絡いたします。

 

 

 

 

 

 

 

 


Hiromi Nishiwaki

Office Flora "JAPANOPHILE " Promotion was founded as a Japanese culture Research firm in 2017. We provide exciting information on Japanese Art and Culture and offer intellectual excitements though the prism of Hiromi Nishiwaki. We provide deep insights about Japanese traditional culture and Art from a Western perspective while keeping the core concepts from the Japanese Spiritual and traditional values intact. Our mission is to contribute to world happiness and prosperity.

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.